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2 days 4 girls

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2days 4girls (集英社文庫)
村上龍 著

精神を病んだ女性を預かって、その女性をオーバーホール(と作中では言っている。)する男性を一人称としている小説。



わたしが死んだとき葬式で誰が泣いてくれるだろうと考えることがあるとミユキはいった。そんなことには意味がないとわたしは思った。自分の葬式を見ることはできないからだ。だが、自分の葬式を眺める方法が一つだけあるのだと彼女は言った。


この出だしで始まるパラグラフが繰り返される。 そしてこのセンテンスに続く文章もパラグラフごとに視点や言い回しを変化させながら、ほぼ同じ内容を繰り返す。
それを続けながら、その間に女性と男性の物語を挿入していく。

なにかしら小説の新しいスタイルというか、テクニカルなチャレンジを試みた作品なのだろうか。

全編を通してリアリティとフェイクの間のその境界が曖昧になるような不思議な感覚がある。

テーマは、信頼、自分自身の正当な評価、か。

ちょっと説明しずらい。 内容についても感想についても。
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by roadsterwalk | 2009-04-20 23:06 | BOOK | Comments(0)

空港にて

空港にて
村上 龍 著
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場所を限定して時間も極く限定して描いた8編の短編集。

出張の搭乗待ちの"空港にて"ゲート前の待合いベンチに座って読もうとトラベルバッグに入れきた。
その目的どおり空港でも読んだけれどホテルのベッドで眠る前にナイトキャップカクテル代わりに1,2編ずつ読んだ。
寝つきが良くなる内容かどうかは別にして。


全ての編は一人称で主人公はなんらかの問題を抱えていたかまたは抱えている。そしてその問題(出来事としてのトラブルよりももちろん心情のトラブルに重きを置いている)をある場所から別の場所へと移動することによって開放しようとするまさにその時間(というより時刻に近い感触)を、例によって詳細にディティールを書き込む手法で示している。

気持ちの滅入るような問題はあるし結末もストンとすっきりするようなものだけではないけれど、基本的方針は希望を感じさせるものになっている。それは著者もあとがきで書いている。

希望が基本方針であることは物語の最後のほうでは感じられるのだが、各編の中では著者が実はこれが言いたいんじゃないの、というようなフレーズが出てくる。

例えば、
気力がゼロになると何か支えてくれるものが欲しくなる。何だっていいんだよ。やっとわかったんだけど、本当の支えになるものは自分の考え方しかない。



例えば、
画家がどんな人種なのかわからなかったので、画家ってどんな人なんですかね、とその男に聞いた。毎日、しかも一日に二十時間、画を書き続けても飽きない人間が、画家だ、その男は答えた。


例えば、
相手が意志と好意でやっていることについて、どうしてそんなことをするのかと聞くのは甘えだ。あなたが好きだからやっているんだよ、といって欲しいからそう聞くのだ。


例えば、
要は何が問題なのかわかってないから、怒ってごまかすだけなんだ。原因がわかってないと、ものごとは絶対に解決できないんだよ。あなたは自分のなにが問題なのかを知っている。だから解決方法を発見したんだ。


こう列挙してみて、これだけを読んでみると至極あたりまえのことで特に強い印象を残さないように思えてしまう。
けれどこれが物語の文脈の中で語られると胸(とは実は頭のことだな)にスッとチクッと刺激を与えてくる。
でも、考えてみれば、もともとあたりまえのこととは難しい言葉で語られるものではない。平易な言葉で表されることを正しくそのまま受け取ればいいだけだ。
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by roadsterwalk | 2009-03-06 23:11 | BOOK | Comments(0)

美しい時間

美しい時間 (文春文庫)
小池 真理子 , 村上 龍 著


d0152549_2135299.jpg50歳代をターゲットとした男女の小説を、男女の小説家に執筆してもらう。というネスカフェコーヒーの企画でできたものらしい。
小池 真理子と村上 龍がそれぞれ短編を一編ずつと、小池 真理子が、まえがき、そして村上 龍が、あとがきを書いている。

本屋で"美しい時間"というタイトルと村上龍の名に惹かれて手に取った。
小池 真理子は読んだことが無かった。

感想の結論を先に言うと、どちらもあまり抑揚というか明らかな起伏は無いけれどしっとりとして染み入るような良い物語だった。

小池 真理子の"時の銀河"は、二人の50代の女性がレストランで食事をしているときに、ふと、一人で食事をしている男性が、二人に関係のある男性に似ていることに気付いたところから話は始まる。二人は今は亡くなってしまった男性の妻と恋人(同時期に)という関係。男性の死後、親友のような関係を結んでいる。物語は恋人側の女性の視点で語られる。設定は、冷静に考えれば現実離れしている(しているよねぇ?)けれど、なんだか、女性、そして少しだけ男性の感情をなぞるように読み勧めていくことができる。

考えてみると、女性の書いた本をあまり読んだことがないと思いついた。男性が女性の視点を借りているものはあるけれど、女性が女性の視点で記した物語はあまり記憶に無い。 小池 真理子 の別の作品も読んでみたいと思う。



村上龍の編は"冬の花火"。こちらは男性の視点から描かれている。
50代(経済的に余裕のある層を)ターゲットにしているのも意識してか、ステッキを小道具として登場させている。主人公の男性は高級ステッキの店を構えている設定。
村上龍の小説は、性、暴力の匂いを濃くしている作品が多いかと思うが、本作品では、そちら方面は影に潜めている。
ただ、小道具のステッキに関しては詳細に記している。 彼の作品は、テーマに関係する事象、事物について執拗に詳細に記すのも特徴だと思っているが、本作品ではそのスタイルは踏襲されている。
作中に出てくる人物は全て"くせ"はあるかも知れないが、図々しくはなく、自分の領域を確実に持ち、他者との距離を巧みに保っている、という印象を受ける。 ただ、それは自己中心的といったことではなく、他者に対する思慮深さの現れとして表現されている。

タイトルの冬の花火は、あるメタファーとして提示されているのだが、実際の花火としては長崎ハウステンボスの花火として語られる。
もうだいぶ前になるが、私も長崎ハウステンボスの花火を観た。
そのときのことが少し思い出された。
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by roadsterwalk | 2009-01-28 21:28 | BOOK | Comments(0)

約束の地で

約束の地で
馳 星周 著


d0152549_23512612.jpg時間つぶしに入った本屋で、平積みになっていた表紙の写真とタイトルになんとなく惹かれて手に取った。

馳 星周。 ええと、なんとなく記憶がある。。 あぁそうだ、月間PLAYBOYに葉巻のコラムを書いていた金髪の人だ、
と思い出した。(家に帰って、部屋にあるPLAYBOYを見直してみたらありました。「馳 星周のシガー天国」というべたなタイトル。私と歳も近いね。)

少しぺらぺらとめくった後、裏表紙の帯を見ると、

ヘミングウェイのように書いてみたい、そう思ったのだ。ヘミングウェイのような、ではない。私はヘミングウェイではないし、目指すところも違う。それでも、なぜか、そう思ってしまったのだ。


なーんていう文句が書いてある。ふーん、読んでみる? と、買ってきた。

北海道を舞台とした5つの短編で構成されている。すべてハッピーエンドではない。

最初の編は、会社を共同経営していた友人に騙されて無一文になった男が自殺しようと故郷に戻ってくる。
そこで、世捨て人の生活をしている絶縁している父親が実は金を溜め込んでいることを昔の知人から聞かされる。
その金は母親と妹が事故で無くなったときの保険金。素直に貸してくれとは言えずに父親のいない隙に手に入れようとして。。悲しい結末。
一つの編に脇役として登場する人物を次の編の主人公として短編を繋いでいく。あくまで人の暗い側面に焦点を当てた物語だけを。


うん、まあ、確かにヘミングウェイではないな。(笑) まあ、抑揚を抑え若干乾いたような雰囲気に少しらしさがあるような気がしないでもないけど。
でもそれよりは、読み始めは北方謙三に近いと感じた。最近は三国志とか水滸伝とかの歴史物がシリーズになっちゃってるようだけど、それではないやつね。
でも、北方謙三のほうが上手いけどね。

結論は、まあまあでした。 でも、短編の集まりなので、編ごとに物語が変わっていくからか、結構引き込まれて一気に読んじゃったけどね。 
処女作の「不夜城」が評判が良かったようですので、機会があったらそちらを読みます。
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by roadsterwalk | 2009-01-16 23:54 | BOOK | Comments(0)

粗にして野だが卑ではない

粗にして野だが卑ではない―石田礼助の生涯 (文春文庫)
(そにしてやだがひではない)
城山 三郎 著


d0152549_2133179.jpg第5代国鉄総裁(昭和38年から43年まで)を務めた、石田禮助(れいすけ)の半生を追った小説。
小説っていっても、取材した事実に基づいたノンフィクション風。

本の表紙に写っている、蝶ネクタイをしてソフト帽を被り手を腰にしている紳士が石田禮助。
「粗にして野だが卑ではない」という文句は、国鉄総裁として国会答弁の際に自己紹介として述べたもの。
この写真を見たら、ぜんぜん、粗にして野なんかじゃないじゃん。と思うけどね。(笑)

もとは三井物産で長い海外生活を送り帰国してからは代表取締役まで勤めた財界人。
この商社勤めの間は、とにかく利益を上げに上げたらしい。
そして、78歳で国鉄総裁を引き受けたときには、給料は要らぬ。パブリック・サービス(今ももちろんそうであるが、当時の国鉄は国営公共サービスですね)は給料をもらってすることではない。ほしいのは、"パスポート フォア ヘブン (天国への旅券)"である。というスタンスを貫いたとのこと。

ズバズバとした物言い。的確、真っ当、直球勝負であったらしい。それらを"粗にして野"と称したようだが、卑なことはしない。
"卑"とは、例えば特権などを受けること。立場を利用した利益を受けること、無用な差別をすること等。それらを"卑"として徹底的に嫌った。

いわゆる伝記のようなものや偉人伝などは、ちょいと鼻につくときがあって、あまり読まないのだけれど、本書では、いわゆる成功者物語ではなく、人間くさいエピソードも含めて、明治生まれの気骨のある男(男というとちょっと御幣があるかもしれないけど、やっぱり男)の物語で大変楽しく読めました。


でも、この「粗にして野だが卑ではない」、特に"卑ではない"は、ちょっと覚えておこうと思う言葉ですね。
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by roadsterwalk | 2009-01-05 21:04 | BOOK | Comments(0)

「カーヴァーズ・ダズン」

「カーヴァーズ・ダズン」 レイモンド・カーヴァー著

Carver’s Dozen―レイモンド・カーヴァー傑作選

d0152549_1972641.jpg短編が10編とエッセイが1編、それに詩が2編。合わせて13編。
カーヴァーズ・ダズンなのだから、12編なのかなと目次を数えてみたら13だった。

全編を読み終えた後の訳者あとがきで疑問は解けた。っていうほどのことではないけど、
英語で13のことを「ベイカーズ・ダズン」というらしい。この言葉の響きに掛けたとのこと。
で、12編におまけの詩を1編加えて13編の「カーヴァーズ・ダズン」というわけ。


本書にも収められている「ささやかだけれど役に立つこと」をタイトルとした短編集は以前に読んでいる。

子供の誕生日のためにショッピングセンターの中にあるパン屋に母親はケーキを注文する。しかし、その誕生日に子供は自動車事故に遭って意識を失ったままとなってしまう。そんな悲しみの中、両親のところへいたずら電話が掛かってくる。そのいたずら電話は、注文したケーキを取りに来ないことに対するパン屋のちょっとしたいやがらせだった。
子供は残念ながら息を引き取る。その後も続くいたずら電話。両親は犯人がパン屋であることに気付きパン屋へと向かう。
事情を理解したパン屋は両親に心から謝り焼きたてのパンを勧める。
早朝パンを焼く香りのする中で両親はパンを食べる。

物語はここで終わってしまう。
物悲しくて、なにかが解決したような、していないような妙な後味が私の心に沈殿していた。
改めて読み直しても、やはり不思議な読後感が残る。

そのほか、「ダンスしないか?」では、
家の中の家財道具を一切合財、家の中にあるような状態で庭に並べてある。通りがかりの若いカップルが、ヤードセールと思って車を止めて家具を見始める。。


それぞれの編は、はっきりとした起承転結があるわけではない。
なにか伝えたいと思われる明確な意思が感じられるわけでもない。
(いや、もちろんこれは、私が感じ取れないだけかもしれない。)
けれど、なにか言い表せない(こういう気持ちを的確に言葉、文章にできればずいぶん心地いいだろうに。)
ほんのりとした、悲しみ、不安、あるいは安堵など、さまざまな感情を残してくれる。


短編ということもあって、すっと読めるし、お勧めだと思います。(笑)
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by roadsterwalk | 2008-11-19 19:07 | BOOK | Comments(0)

「勝手に生きろ! 」 チャールズ・ブコウスキー

勝手に生きろ! (河出文庫)
チャールズ・ブコウスキー (著)  都甲 幸治 (訳)

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チャールズ・ブコウスキー。文句無し。
だいぶ前に、雑誌だったか新聞だったか忘れたけれど、書評かなにかでこの名前を目にした。
すぐに図書館でたぶん「パンク、ハリウッドを行く」と「死をポケットに入れて」だったと思うけど、借りて読んだ。ちょっとした衝撃だった。まったく飾りの無い、身も蓋も無いものいい。

先日、久しぶりにこの名前を思い出した。なんで思い出したかは忘れた。
まあ、とにかく、すぐにamazonで、この「勝手に生きろ!」と「町で一番の美人」と「死をポケットに入れて」を注文した。(amazonってほんと便利ね。)

「勝手に生きろ!」はタイトル通り、さえない自称作家の主人公(チャールズ・ブコウスキー本人とダブる)が、職を転々としながらまさに勝手に生きていく。あくまで視点はブルーワーカーのもの。まったく気取らない。ときどき吐く台詞、つぶやきに思わずにやりとしてしまう。

このカバー写真は、本作が映画化されたときの主演マット・ディロン。この写真はなんか普通にカッコいい。のであまり雰囲気ではない。

チャールズ・ブコウスキー本人は、こんな感じ。おぉ。
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by roadsterwalk | 2008-06-24 00:29 | BOOK | Comments(0)

「グレート・ギャツビー」

グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)
スコット・フィッツジェラルド 村上春樹 訳

「グレート・ギャツビー」を少し前に読み終えた。

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1920年代のアメリカ、ニューヨーク郊外のロング・アイランドを舞台とした小説。
スコット・フィッツジェラルドの代表作であると同時にアメリカ文学を代表する作品でもある。

というのは知っていたけれど、今まで読んでいなかった。

本屋でふらふらと物色していたときに、村上春樹さんの翻訳である本書が目に留まった。
学生のときに「羊をめぐる冒険」を読んで以来、私は村上春樹さんの小説が好きである。
その彼の小説の中やエッセイにも、この本のタイトルが挙がっていることを思い出して手にとってみた。

内容についてここでは割愛するけれど、ある種の空気感があって少しふわっとしたような感触だけどしかし緻密な構成という印象を受けた。

1925年に発表された作品であるけれど、そんな昔の作品だという感じがしない。
私は高校生のころに(ハードボイルドに分類される)ミステリが好きになり、レイモンド・チャンドラーやら、ダシール・ハメットやらをよく読んだ(あのころは少しカッコつける気持ちがったのかもしれない(笑))。

それらでさえ、1940年から1950年あたりの作品で、このグレート・ギャッビーにくらべれば新しいのだが、やたらと古めかしい感触があった。それは翻訳された年代も影響してか、たとえば、ギャング(これも古いか)だと"xxxしやすぜ。"なんて台詞になっていたり、人物を浮かび上がらせるためにも重要な小道具なども時代を感じさせるものや表現になっているからだろう。

しかし、このグレード・ギャッビーでは、1920年代という、もう80年も前の話なのに、なぜだか時代を感じさせない。
あたかも私たちと同時代に、ことが進行しているかのような雰囲気がある。
もちろん、パーティーの描写などは、古いアメリカを想像させるものではあるけれど、それはここでは重要な要素となっている。

あとがきを見るとやはり翻訳者も、その時代感には注意したと言っている。
これは見事に成功してこの物語を生き生きとしたものにするのにすばらしい効果を与えていると思う。

会話も妙を突いているし、主人公ギャッビーが、昔の恋人デイジーと出会ってからの物語の展開にはくっと引き込まれてしまう。

なんだかうまく表現ができないのだけれど、私はとても楽しめた。

しかし、フィッツジェラルドは、これを30歳前に書き上げているんだなぁ。 
私は、その30をとうに超えたこの歳になって、やっと楽しめるようになった。
30歳前に読んでも、私の心には引っかからなかったのではないかと思う。

今回の読後感が私の中に少し沈殿してからもう一度、読み直してみたいと思う。
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by roadsterwalk | 2008-06-11 23:03 | BOOK | Comments(0)

ジャンプ 

「ジャンプ」(著者 佐藤正午)
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付き合い始めて半年。やっと彼女が自分の行きつけのバーに連れていってくれた。そこで"僕"は飲めない酒を、それも強烈なカクテル、アブジンスキー(別名アースクェイク)を飲んで酩酊状態になる。
泊まることになっていた彼女のアパートへの帰り道、翌朝食べるリンゴを彼女に頼んだ。

彼女は"僕"にアパートの鍵を渡しながら、5分で戻ると笑顔でリンゴを買いに出かけた。そしてそのまま戻ってはこなかった。
こうして"僕"は彼女を探し始める。そして、結末は。。
ってな感じの内容だけど。(笑)

読み始めて、なんか前に読んだことがあるような話しだなぁと思ったら、
村上春樹の小説にも、奥さんが突然前ぶれも無く姿を消してしまう話があったことを思い出した。タイトルは忘れてしまったけれど。

彼女は"ある意志"で姿を消したことをほのめかしながら物語は進んでいく。文章は読み易く、なぜ彼女は姿を消したのか、その"意志"とは、この先の展開は、と割と期待を持たせて読ませてくれるけど後半はダレる。
途中、途中で思わせぶりなエピソードや台詞があるけれど、最後まで読んで、結局、彼女の姿を消した理由はこれかよ。(笑)

主人公"僕"の、あまり深い意味のない二股が結論か!?
とまあなんだか、(笑)だな。
2000年ごろ結構売れた本のようだけど、若い方はこういうの好きなのかなぁ。

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あっ、思い出した。佐藤正午の「永遠の1/2」って本を20年ぐらい前に読んだことがある。結構面白かっような気がするけど内容全然覚えてない。。
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by roadsterwalk | 2008-03-01 19:02 | BOOK | Comments(0)


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